喪失という経験
つい数日前に、祖父が他界した。
私が1歳のころから18で大学進学のために実家を出るまで、同居していた祖父。
小さい頃は囲碁やチェス、トランプやことわざ・慣用句かるたで一緒に遊んでくれた。
成長するにつれて交わす言葉は少なくなったけれど、下宿先から帰省したときにはいつも祖母と出かけたときに撮影した写真をたくさん見せてくれた。私の話にも嬉しそうに耳を傾けてくれた。
2年ほど前、スマホを購入したというのでLINEを教えたら、定期的にスマホで撮影した実家の畑の写真や、外出先の風景の写真を送ってきてくれるようになった。
離れていてもやり取りできるし、地元に帰ったら当然そばにいる存在だった。
2021年11月中旬にがんが急速に進行して、12月末から抗がん剤治療を開始していたけれども、2022年1月2日には短時間だけでもと感染症対策をして実家に近い親族で集まった。
おじいちゃんは、出かけたときの写真を印刷してアルバムにしたものを私のもとに持ってきてくれて、俺が撮影したんだと見せてくれた。
症状は決して軽くないと聞いていたけれど、いつもどおり明るくふるまってくれた祖父を見て、まだ治療もこれからだし早く症状が楽になるといいななんて思っていた。
三が日のあとは数日一人暮らしの家に戻らないといけなかったけれど、またすぐ実家に戻ってきて、おじいちゃんとたくさん時間を過ごそうと計画していた。
完全に油断していた。
祖父は私が実家から一人暮らしの家に戻った6日後にがんで他界した。
同居していたほどに身近な存在をなくす経験は、私にとって初めてだ。
頭では状況を理解しつつも、心が追い付かないまま決まったことが過ぎていった。
今でも整理がついていない。
生前に自分にできることがもっとあったのではないかと家族みんなが考えている。
しかし、実際は家族全員がそれぞれそのときにできる最善のことをおじいちゃんのためにしていたと思うし、それを認め合っている。
今はただ、おじいちゃんとの時間をこれ以上失いたくなくて、近しい親族を含めた家族と日々おじいちゃんの話をして過ごしている。
今後、遺された家族としてできることは、おじいちゃんの供養をしながら自分の人生を懸命に生きることなんだろうという見当はつきつつも、気持ちを前に向けるのがむつかしい。
前向きになれないというか、無理やり前向きになろうというのも厳しい感覚がある。
喪失という経験は瞬発的なものではなく、どうやら喪失した後にその出来事に向き合っていく時間を含めたもののようだ。
喪失という経験に一つ区切りをつけられるのはまだまだ先になりそうだ。